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新都社ミスコン2018に参加してました

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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切かかわりがありません。



【明治日本マメ知識】(敬称略)

(※並行世界であるマンガ本編とは何ら関係ありません。読まなくても本編の理解には何の差支えもありません。)
(※wiki読んだという程度の知識、ソースはほとんどネット(しかも特定しません)。で書いてます。話半分で読んでください)

(※くだらない私見はいってます。適当に読み流しorツッコミくださいませ。)
(※誤り等ありましたら、がんがんご指摘お願いします。いろいろ教えてもらえると描いてるかいがあります)

●秋山好古は旅順を視察したか。

小説『坂の上の雲』では、日露戦争の開戦前、物語の主人公、秋山兄が
ロシアの騎兵と意気投合して旅順内部を視察させてもらったというエピソードがある。
なにかの史料に基づいたものなのかどうか、
単に「豪胆主人公」をキャラ付けするため創作なのかは不明。

しかし、「その後、この情報が大いに役に立った」ということが書かれてたけれども
その後の展開、史実でも小説でも、あまりにも合わない(旅順攻撃は情報不足で苦戦)から
やっぱり創作かな。

●秋山旅団の防御力

めっちゃ高いはず。
たぶん。
黒溝台で検索してみよう。


●陸軍大学校の学長

初代は児玉源太郎。生徒に混ざってメッケルの講義を聞いてたとかなんとか。
(生徒といっても年齢差はそんなにない)
秋山好古は第1期生卒業生10名のひとり。
長岡や井口と同期。

まだ天保銭組という言葉が生まれる以前の天保銭組。
オープニングスタッフということ、またその後の三役までの出世など考えても
陸軍首脳とはかなり懇意であったと考えられる。
なお、伊地知は陸軍大学に未進学組。


●ペテルスブルグからの手紙

ペテルスブルグから旅順へ手紙が送られがその伝令は日本軍によって捉えられた。
その内容は、
「日本軍は消耗。バルチック艦隊の目的達成は、旅順の健在にかかっているから、団結して努力せよ。」
というものであった。ただし、この手紙が発覚したのは、第二回前哨戦攻撃直後10月11日(うろおぼえ)
手紙の送り主は、旅順総督ではなく皇帝であった。
なお、旅順総督アレクセイエフは、(1説によるとクロパトキンの奸計により)10月9日あたりに更迭されている。
この手紙ももしかしたら、それがらみかもしれない。

なお、この手紙について、半藤一利氏は、「敵を勇気付ける内容、届いていたら大変なことになった」という趣旨の論評をしていたように覚えているが、まあ普通に考えて、別に伝令は一人ではなかったから、情報や激励は普通に伝わっていたとは思う。

●「戦争は、他の手段をもってする政治の延長である」

プロイセンの将軍、カール・クラウゼヴィッツによる有名な言葉。
戦略目的の策定は明確になされなければならないとか、
「戦争は軍人だけに任せるには難しい」という文民統制の重要さを示す言葉としても引用されがち。

上の漫画の「戦争は政治の一部」と関係があるかどうかはまだ不明。

●第三回総攻撃前の勅令

天皇陛下から第三軍宛に勅令が下された。
一軍団の一作戦に対してこのような激励が行われるのは異例のことであるという。
たぶん。ただ、実際はよくわからない。勅といってもいろんなものがあるらしいし。

●秋山好古から秋山真之への手紙

以前にも書いたと思うけれども、秋山真之の手紙によると、
彼は兄好古から「卦によると旅順攻略は12月6日」という手紙を受け取っていたようだ。
「うらない」というのが、なんとも好古キャラらしいが、実際には好古は満州軍の動き、
つまり児玉源太郎が旅順に駆けつけること、その他諸々の動きをつかんでいたのではないか、
軍機の関係から、このようなおどけた言い方をしているのではないかと、疑っている。

真之が当てこすりの意味で同僚だか、陸軍だかに、その文章を披露している。



↓おまけ。ボツ原稿。最初は、
「旅順100日粘ったらどう」という説明は(「百日ィ」の心理描写含めて)
すべて予定しておらず、さらっと流す予定だった。

あまりにも不親切ということと、のちの展開での説明がかえって冗長になるとの判断で
この段階で説明をいれさせていただきました。少しでも漫画として読みやすくなっているといいのですが。

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