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上陸編 4









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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切かかわりがありません。





【明治日本マメ知識】(敬称略)

(※並行世界であるマンガ本編とは何ら関係ありません。読まなくても本編の理解には何の差支えもありません。)
(※wiki読んだという程度の知識、ソースはほとんどネット(しかも特定しません)。で書いてます。話半分で読んでください)

(※くだらない私見はいってます。適当に読み流しorツッコミくださいませ。)
(※誤り等ありましたら、がんがんご指摘お願いします。いろいろ教えてもらえると描いてるかいがあります)





●大山-児玉 名コンビ説


満州軍の総司令官は、大山巖。
参謀総長は、児玉源太郎。

『坂の上の雲』などでは、この組み合わせが名コンビとして描かれている。

「ウドの大木」型の大将と、キレ者の副長。
彼の描く新撰組と同じような構図。

大山が陸軍大臣の時にも、コダマは副官的な補佐役を務めているなど、
この両者は以前から縁があったようだ。

『天辺の椅子』では、もう少し、児玉が頑張って差し出がましくないように努めて気を使っている様が描かれる。
児玉の自分の子分、確か後藤新平(後任の台湾総督)が、頭越しに仕事を進めようとしているのを見て、
「オレだったらそんなことしないのに!」というような愚痴をこぼさせるシーンがあったように思う。


彼らの相性を示す逸話として、大本営の参謀総長を逃げていた山縣が、満州軍の総司令に名乗りを上げたというエピソードが『坂の上の雲』で紹介されている。自分でやりたがりの山縣の性格を示すエピソードでもあるが、その「自分でやりたがり」の部分が、「天才」児玉にとっても非常にやりずらく、細かく指示を出すタイプの上司より、任せてくれてあとはどっしり構える型のトップのほうがやりやすかったので、やんわり断ったという話。


ゆえに、大山は児玉にとって理想の上司ということになる。

なお、日本では(他国は知らんが)この手合いのトップ像が愛されすぎていて、
無責任と器の大きさが混同されることが多いとおもうのは私だけか。


長州人=繊細、薩摩人=豪放
という司馬的テンプレートにもあった描写ではあるが、真偽は不明。

山縣はその後、大本営の参謀総長を大山から引き継ぎ、
28サンチ砲の手配などの役割を果たすようになる。
その流れから見て、山縣が現地軍司令官に名乗りをあげたというのは、
どうも「お話」(正式な話としてではなく気概として打診したとか)以上のものではない気もするのだが。

あと、児玉自身は、確か皇族を総司令に据えようとしていた気がする。
満州軍を権威付けすることで権限を高めるというもの。

これは、現地の力の拡大を懸念する山縣に封殺された。とかなんとか。
ついでに人事権も満州軍ではなく大本営が保持することになった。

もし山縣自身が総司令であったら、
人事権を確保するなど満州軍の姿ももう少し変わった、
より強大な権限を持つ組織になっていたかもしれない。

それをこそ、懸念する声も大きかったであろうが。


大山-児玉コンビについては、おそらく両者の性格の相性の問題とともに、派閥バランスの点が大きかったように思う。児玉が山縣を忌避したのが本当だとして、それは多分、同じ派閥の領袖を上司にいただくことが非常にやりにくいことだと思う。同じ理由で、児玉の代わりに(心当たりはないけど)、薩摩系の参謀がついたとしても、やはりやりにくかったと思う。異なる派閥で、その分、あまり気を使う余地が少ないのでうまくいったという面があるとおもう。

そう考えると、派閥均衡人事というのはばかげているようでいて、
理にかなっている面があるような気もする。


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