上陸編3
【明治日本マメ知識】(敬称略)
(※並行世界であるマンガ本編とは何ら関係ありません。読まなくても本編の理解には何の差支えもありません。)
(※wiki読んだという程度の知識、ソースはほとんどネット(しかも特定しません)。で書いてます。話半分で読んでください)
(※くだらない私見はいってます。適当に読み流しorツッコミくださいませ。)
(※誤り等ありましたら、がんがんご指摘お願いします。いろいろ教えてもらえると描いてるかいがあります)
●満州軍
1904年6月、日露戦争開戦3カ月後に設置された総軍。
200人ぐらいの組織。
大山、児玉以下、大本営の主要スタッフで構成される。
戦争全体を統括する部署であるが、
各軍の指揮権は、各軍の司令部が保持しているし、
また、大本営は大本営で機能していた。(大山参謀総長の後任は山縣だったとおもう)
さらに満州軍には人事権がなかった。
旅順攻略戦では、満州軍と大本営の双方が第三軍に対して、口を出していた模様。
大本営がわが司令官乃木の更迭も示唆されたりもした
そのうえ、戦争後半では大本営が満州軍外の軍団として鴨緑江軍を組織したりもする。
日露戦争は、双方がニ重指導体制に振りまわされた戦争ともいえる。
戦争全般、組織全般にある程度共通するものではないかとも思いますが。
●カタって言わせちゃいけない将棋
通称、「カタ将」。積み将棋。崩し将棋とも呼ばれる。
無作為に積み上げた将棋の駒から、交代で駒を引きぬき、その数を競うもの。
途中で、「カタ」って音がなったら負け。
新都社には、
「カタっと言わせちゃいけない将棋」をテーマとした、
おそらく宇宙でただ一つの部活マンガがある。
「カタ将」でググるとヒットします。
●チェス
西洋将棋。
将棋と違い、殺した駒を「持ち駒」として使えない。
このことから、
よく敵を鏖(みなごろし)にしてきた西洋文化と
人材活用の日本(東洋?)文化との対比が語られることがある。
うーん。まあ。仮にそういう傾向があるとしても、
民族、宗教戦争と似たような民族、宗派内での内部紛争との違いじゃないかとも思う。
日本にいつ輸入され、普及したのかはわからなかった。
明治軍人がチェスを打てたかどうか。
西洋文化にハマり、趣味が悪いとまでいわれる洋風の邸宅を建てていた大山ならあるいは…。