経略編 3






























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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切かかわりがありません。



【明治日本マメ知識】(敬称略)

(※並行世界であるマンガ本編とは何ら関係ありません)
(※wiki読んだという程度の知識で書いてます。誤り等ありましたら、ご指摘お願いします。)

(※くだらない私見はいってます。適当に読み流しorツッコミくださいませ。)


●三国干渉

1895年に日清戦争の勝利により、日本は遼東半島を得る。
ロシア、ドイツ、フランスは、その直後に「これはアジアの平和にとってよくない」とかなんとかいって
返還を要求。さらなる干渉を恐れた日本は、この返還要求を呑む。

これが三国干渉。

返還後、各国はドサクサにまぎれて中国の領土を租借、占領していく。
「平和とかいってたのは、なんだったんだ?」

帝国主義の世界秩序において
日本はまだまったく対等なプレイヤーではなかったことを
まざまざと見せつけられた事件。

まあ、中国こそ本当にいい面の皮なだけれども。

せっかく戦争で得た領土を返還となった日本は、悔しさ爆発。
「臥薪嘗胆」をスローガンに、軍備の拡充に励むことになる。

この干渉が一般に日露戦争の遠因とされる。



●児玉源太郎と山県有朋


児玉は。藩閥、派閥臭の薄い人だったと評されるが、
支藩とはいえ長州出身なので、長州閥ということになる。

ネット上にある『陸軍派閥略史』によれば、
最初は長州の反主流派に引き立てられていたが、
のちに山縣有朋派に吸収されていくようだ。

彼が山縣に接近するきっかけとなった事件はあるようだが、
長州閥が山縣閥に糾合される過程の自然現象のようにも思われる。

いくら優秀でも山縣の引き立てがなければ、あそこまで出世はできなかっただろう。

ただ、児玉自体は派閥色が薄かったのは本当かもしれない。
山縣以前に彼が所属したグループも、彼が作ったグループもことごとく組織力が弱く、
最終的に山縣派の力に対抗しきれていない。


児玉が結成していたグループは、
川上門下&陸大閥というべき学歴主義に基づくものであったようだが、
もしかしたら地縁的な派閥というより機能的な知的集団を目指していたのかもしれない。
好意的にすぎる解釈かもしれないけれど。

おそらく児玉も人並みの俗っぽい欲はあったろうが、基本は能吏なタイプのように思われる。
政治屋としてのバイタリティや「支配欲」や、天下人としての信念みたいなところでは
維新の雄で権勢欲の塊であった山縣に及ばなかったのだと、勝手ながら推測してしまう。

現実に最後まで舞台に立っているのは、やはり権勢欲の強い政治屋なのだろう。
それを地で行く山縣も、歴史上の人物としては、あくまで他人事として、興味深い。




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