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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切かかわりがありません。



【明治日本マメ知識】(敬称略)

(※並行世界であるマンガ本編とは何ら関係ありません。読まなくても本編の理解には何の差支えもありません。)
(※wiki読んだという程度の知識、ソースはほとんどネット(しかも特定しません)。で書いてます。話半分で読んでください)

(※くだらない私見はいってます。適当に読み流しorツッコミくださいませ。)
(※誤り等ありましたら、がんがんご指摘お願いします。いろいろ教えてもらえると描いてるかいがあります)



●第1回総攻撃の途中経過

史上空前ともいえる多数の被害から、8月の第1次総攻撃はゼロ敗であるかのように理解されているが、実際には東方の盤龍山東西の2堡塁、西方の大頂子山を制圧するなど、一定の成果を挙げていた。特に、東の二つの堡塁は、本来の作戦目標である望台のすぐふもとであり、間にあるのはだだっぴろい坂のみであり、目標達成は間近であるように見えても不思議ではなかった。乃木愚将説、有能説いずれの立場もこの事実はそれほど重視されないが、実際問題としてはこの途中経過は重要な論点となるように思われる。


●埋没費用の問題

埋没費用(sunk cost)は、ある事業に対してすでに支出し、かつ転用不可となってしまったコストのことである。戦争の場合は、ある作戦に対して消耗した弾薬や失われた将兵、犠牲者はすべて埋没費用であるといえる。

一般に、過去の支出である埋没費用にとらわれた行動は合理的ではないとされる。

これは、埋没費用と今後の事象に特段の関わりがない限り当てはまる。

しかし、同時に人間は埋没費用にとらわれた行動を行うことが多い。例えばパチンコやバクチで1万円負けた人が、「これだけ負けて下がることができない」といって続けること、投資において元本を大幅に下回ったリスク性商品の保有を続け、「塩漬け」にすること、途中で失敗が明らか、あるいはかなり失敗の確率が高いとされる事業を、「ここで止めたら責任が」「逆転成功できれば起死回生できる」といって継続することなどが挙げられる。

未来の事象のみを問題として、そこに合理性がなければ埋没費用をあっさりと「損切り」できることが、(確率論的に)合理的な判断とされる。

まあ、実際には難しい。

人間には、責任、見栄、ジンクス、もったいない精神、失敗を直視できない(「損きり」によって隠れた費用が明示化される)性質があるから。

なお、バクチにおける「流れ」や「運気」の概念や、パチンコ台の確立設定(この台は今日コレから来るはずだ)などは、こうした埋没費用への拘泥傾向を助長するものだと思われる。


 

 

 

 

 

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